の様なの馨のする



◆artistic day◆

 3rdピアス様へ



××× ×××
 接点は何も無い。趣味も違う。生活環境も違う。つきあう友人も全く別。
 ただ同じクラスになれた、それだけで嬉しかった。


 滝口は美術室に向かっていた。次の時間は美術の時間なのだ。絵を描いたり立体を作ったり、と、 その様な作業は嫌いではなくむしろ好きだ。今日の課題は確か外で写生の筈。時間中に自由に絵を描き、 終了までに提出すれば良い。その提出があって初めて、授業の出席とみなされる。
 美術室にたどり着き、他の生徒達と混じって準備をする。適度なざわめきが心地良い。 教師の諸注意を聞くのもそこそこに、滝口は外へ出た。外とはいっても自由に行動できるのは学校の敷地内のみ。 門から、本当の外には出ることは出来ない。いわばかりそめの自由だ。授業時間内だから当たり前、 とはいえどその事が少し、面白かった。門を横目で眺め、笑いをこぼしつつ、滝口は適当に場所を物色した。 さて何を描こうか。あまり時間は無い。

 滝口の通う学校の敷地内には中庭があり、小さなパーゴラがある。秋には絡んだ蔦の紅葉が美しい。滝口はそこへ向かった。 辿り着くと誰もいない。滝口はここで蔦を描くことにした。座り込んで鉛筆を走らせる。色の陰影を出すのが難しい。
 暫く集中して続けていると、後ろで人の気配がした。
「あれ、滝口?」
 振り向くと三村が一人。
「三村君」

 三村は滝口と並んで腰を下ろした。手には何も持っていない。不思議に思って問う。
「三村君、もう描き終わったの?」
「まあな。今提出してきたとこ」
「早いね」
「お前みたいに丁寧に描いてなかったから」
 三村は滝口の手元を覗き込んだ。滝口の描いていた絵を眺める。
「へえ……。絵、上手いんだな滝口」
「上手く、無いよ」
 思わず頬が染まる。無意識に手が動き、描いていた絵の上を覆った。
「無くないさ。俺の審美眼は確実」
 そう云ってくすくすと笑う。つられて滝口も微笑んだ。
「それじゃ、有り難う。……で良いのかな?」
「そう。それで良い」
 三村は立ち上がってパーゴラの前まで行き、滝口の方を向いた。背中を半ば蔦にうずめる様にして綺麗な笑みを浮かべる。 学生服と紅葉の配色は対照的だ。よく映えてとても美しい。
「……ああ、悪い。俺ここにいたら邪魔だな」
「ううん。全然」
「そう?」
 三村はそのまま後ろにもたれ掛かるようにして目を閉じた。滝口はそっと、止めていた手を動かしはじめた。 蔦の前に佇んだ三村を、せめて紙の上に留め置こうとする。到底本物の存在には叶わないけれども、 それでも今この僅かな時間を惜しむように。

「滝口、俺もう行くわ」
 ふいに目を開けて三村はそう云った。そのまままた滝口の方へ歩いてくる。 滝口はさり気なく、絵を見えないように隠した。
「あ、うん。それじゃ」
「邪魔したな。悪かった」
「そんなこと無かった。別に」
「まだ描き終わらないのか?もうすぐ時間だけど」
「あと少しなんだ」
「ふうん。んじゃ頑張れよ」
「有り難う」

 三村はひらひらと手を振って立ち去った。いつもの友人達の元へ帰るのだろう。 自分とはクラスが同じだけで、他に接点の無い彼。先ほどまでの時間は一時の夢だったのだ。
「……綺麗だったな」
 手元に残った三村の残滓。
 滝口の絵の中ではまだ、三村は蔦の前に静かに立っている。


 その日の美術の授業を、滝口は欠席扱いになった。


◆END◆  

 
××× ×××



◆お気に召されたら幸せの極み◆



 
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