「夜猫」



夜、更け行く刻。
濃紺から次第に移ろう漆黒の闇、柔らかく其の腕、差し伸べて世界を抱く。
毎々飽く事無く繰返される摂理、誰の定めし事柄でも無く。
やわりと包み込む優しい静寂に華奢な肢体を委ねて。
徘徊の跫音。響く。時を刻む秒針の響きに似た、密やかな。
存在し得ぬ存在を渇望しつつ、けれども決して手の届く事は無い。
当に其の刹那の嘆きを音に込めて大気に溶かし込む様な。
満ちた黒、微細な亀裂を趨らせるその微かな音。
聴く者は、居らず。

軽やかに、硬く冷えた地面を蹴る。
右脚、地に落ち。左脚は僅か、空に浮き。そして又右脚、左脚。
湿気を含んだ初夏の風。躯に纏わり、髪に絡む。それは所作への忠実な呼応。
鋭敏な感覚が捉える。ねっとりと、愛撫の指想わせる空気の流れを。
靴の踵が無機質な木霊する。カツリ。まるで逆らう様。

人工の光など射さぬ。
照らすのは夜天に浮かぶ月の蜜。砕けた星の硝子。
降る白。静止した物、彷徨う者、その全てを余す所無くさらりと撫でて。
羽毛にも似た。色。ぼう、と溶解する輪郭。世界は朧に揺れる。
浮かび上がる部位の裏側。白に起因し、陰は一層濃い風合いを帯びる。
切り取られた絵画の様。モノクロオムの展開。
依然規則正しく発生する靴音。
そして喉の奥、くつりと愉し気に嗤う声。


欲したモノは何だろう、


気儘に闊歩する脚は陶器の質感を持ち。
深い海、泳ぐ魚の様にひらひらと。蠢く姿が在る。
意志を持った生き物の様、微風に掬われ踊る髪は長く。たゆたう闇と同化して。
当然と蕩けた瞳。茫洋と、揺らめいた視線は空に投げ掛けられる。


此処には無い。
では何処に有る、


未だ享受する事の無い何かを探求し。闇雲に、其の細腕舞わせる。
夜に棲息するのは宇宙まで見通せる時間である故。
昼は視界を塞がれて居る。大気の檻に閉じ込められて盲目を強いられる。
極めて不適当だ。捜し物には。

五感。全てを研ぎ澄まし。信用に足るのは躯の反応のみで。
唯探す。沸き上がる自己の欲求満たさんが為。
心の底からの安堵を。喜悦を。いずこかに有るやの全てを。
紅唇、ニィと吊り上げて。



そして今宵も又、何れかの街に。




<終>  















★2001年5月13日発行、metamorphose文芸部誌第5号用小説。5月11日脱稿。
因みに当号のテーマは「いかがわしいもの」でした。
狙いとしては単語の羅列による曖昧さと訳の分からなさ。
小説と言うよりも散文詩のようなイメージでしょうか。
蝕むようにいつの間にか入り込んで来る言葉達。
文法?表記?気にしない気にしない(嗤イ)。さて、成功か否か。


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